🍜 札幌ラーメンの王道!「すみれ」のおいしさ、魅力、そして熱い歴史を深掘り!
北海道・札幌が生んだラーメンの代名詞とも言える「すみれ」。その唯一無二の濃厚な味噌の味わいは、多くのラーメンファンを虜にしてきました。なぜ「すみれ」はこれほどまでに愛され続けるのでしょうか?その魅力と、熱い歴史をまとめます!
🔥 「すみれ」のおいしさと、人々を魅了する秘密
「すみれ」のラーメン、特に味噌ラーメンは、一口食べればその強烈な個性と魅力の虜になります。
1. 濃厚にして深みのある味噌スープ
最大の特徴は、豚骨や野菜の旨みが凝縮されたスープと、秘伝の味噌ダレが織りなす濃厚な味わいです。一般的な札幌味噌ラーメンとは一線を画す、パンチのあるニンニクの風味と、背脂のコクが食欲を刺激します。
2. 湯気を封じ込めるラードの層
表面を覆う厚いラードの層(油膜)こそ、すみれを象徴する要素の一つ。この油膜がスープの温度を極限まで保ち、最後まで熱々の状態で味わえるようにしています。厳しい札幌の寒さで生まれた知恵であり、食べる者を熱くさせる「刺激」でもあります。
3. スープに負けない存在感の中太ちぢれ麺
黄色みが強く、しっかりとしたコシのある中太のちぢれ麺を使用。このちぢれが濃厚なスープをしっかりと持ち上げ、口の中でスープと麺が一体となって押し寄せる至福の瞬間を生み出します。
4. 継承される「暖簾分け」の文化
「すみれ」で修行し、独立した弟子たちが全国に展開する「暖簾分け」の店、いわゆる「純連・すみれ系」の存在も魅力の一つ。この文化が、創業者が生み出した味の系譜を広げ、多くのファンを獲得し続けています。
📖 創業者・村中明子氏が築いた「すみれ」の熱い歴史
「すみれ」の歴史は、一代で独自の味噌ラーメンを築き上げた創業者、村中明子氏の情熱から始まります。
🔹 昭和39年(1964年):伝説の始まり
村中明子氏は、札幌の中の島にラーメン店をオープンします。屋号は「純連」と書いて「すみれ」と読ませました。「若い人がたくさん集まるように」という願いが込められていたと言います。
当時主流だったあっさり系の札幌ラーメンとは違い、「もっとこってりしていて若い人たちが集まるような味噌ラーメン」をという思いから、ほぼ独学で現在の濃厚な味噌ラーメンを作り上げました。
🔹 一時閉店、そして二つの屋号へ
人気が高まる中、昭和57年(1982年)に一度店を閉じますが、翌年には場所を変えて「純連」として再開します。
その後、平成元年(1989年)には、明子氏のもとで修行を積んだ三男の伸宜氏が、母が最初に出店した中の島の場所に「すみれ」の屋号で店をオープン。ここから「純連」と「すみれ」という、同じルーツを持つ二つの屋号が並び立ち、それぞれが独自の道を歩みながら、同じ味の系譜を継承していくことになります。
🔹 全国区の知名度へ
平成6年(1994年)、新横浜ラーメン博物館が開館すると「すみれ」が出店。親族の反対を押し切っての大きな挑戦でしたが、これが全国のラーメンファンに「すみれ」の味を知らしめる決定的な出来事となり、その名を不動のものとしました。
🌟 まとめ
「すみれ」のラーメンは、ただおいしいだけでなく、創業者夫妻の熱い思いと、長年の工夫、そして挑戦の歴史が詰まった一杯です。濃厚でパンチがあり、食べ手の心を熱くするその一杯は、これからも札幌ラーメンの頂点の一つとして輝き続けるでしょう。
ちなみに今日の昼食は「すみれ 横浜店」でした。
いつも活気がありスタッフも元気で丁寧です。タイミング的にチャーハンがいつも売り切れているので次回はぜひ食べたいと思います。
今は11月ですが真冬に食べるすみれのラーメンはもっとおいしいんだろうな~

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